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Vol.13

今月の担当は、当社で一番年長の渡辺が担当致します。この夏で65歳と成ります。
社内で最も長く世の中を見て来た者として印象に残った出来事、技術の変革を簡単に紹介してみようと思います。私は、千代田電子システムを含め3社を渡り歩きました。

① メーカー系工事・保守会社(1965~1972)7年間
・ 入社した1965年といえば、前年に東京オリンピックと東海道新幹線の開業があり、まさに日本の高度成長期でありました。
・ 1970年には、大阪で万国博覧会が開催されました。
・ コンピュータでは、オフコンが主流でトランジスターをメインに採用されていました。又、真空管方式のコンピュータやアナログ式も残っておりました。次第にトランジスターからLSIへ移行。高速化と小型化が図られました。この当時鉄道会社や航空会社の座席予約装置(コンピュータ)が活気を浴びました。
・ 電話関係では、日本電信電話公社(現NTT)の電話を各個人が設置する場合、都市部を除き1年待ち等かなり時間がかかっておりました。それを補う方策として、農村部では有線放送電話設備を各自治体単位で整備し局線との接続も行っていました。有線放送電話設備は一般放送・PR放送・緊急放送と電話機能を融合した設備であり、公共性が高く電波管理局(現電気通信管理局)や国土交通省・各河川管理への届出が必要となりました。扱っていた交換機は、ストロジャー方式(A型アメリカ方式・H型ドイツ方式)の2種類がありました、後にクロスバー交換機が主流となり格段の接続安定性が確立されました。電話機はダイヤルを廻す回転ダイヤル方式、後にタッチパット方式が主でありました。この時代の技術者は、現地で配線工事、調整工事を行うプロの技術屋でありました。

② 電気工事会社(1973年~2006年)33年間
・ 私にとって30.40.50歳の一番充実した時代を過ごしました。
・ 高度成長期に入り後にバブルが発生しそれがはじけるという、そういった時代を過して来ました。今考えますと、バブルがはじけるまでは、日本国中が好景気に浮かれ役所では箱物をこぞって作り、民間の所得はうなぎのぼりに上昇し、皆良い思いをしてきたと思います。
・ 1973年に石油ショックが起こりトイレットペーパーの買いだめ、ガソリン価格の高騰などが起こりました。
・ 経済面では1989年に消費税がスタートしました。
・ 2001年9月11日アメリカで同時多発テロが、発生。
・ コンピューター関連では、PC(パーソナルコンピュータ)が台頭し、オフコンに取って代わる時代を迎えました。

ワープロからPC88・98NEC(春望・スーパー春望・一太郎・花子)にWindowsの時代そしてスタンドアローンからネットワークの時代に移って来ました。今やインターネットは、必要不可欠のものになりました。
・ 一方電話関係では、クロスバー交換機が主流となり、さらに90年代前半には電子交換機が出現しました。益々、我々の仕事の内容が変わりデータ作成投入が主の仕事となってきました。

③ 千代田電子システム㈱(2006年~2011年)5年間
・ 2008年リーマンショックにより世界経済が落ち込んだ。
・ 2011年日本経済が立ち直る気配を押し潰す様に東日本大震災が発生。
・ コンピュータ関連では、ネット上のサービスが拡大、私にもよくわかりませんが、ウィキリークス・フェイスブック・ユーチューブetcが注目されています。相変わらずネット上のトラブル・ハッカー対策・情報漏洩などの問題も複雑化しています。
・ システム方式としてクラウドコンピューティングがあります。又、モバイルを活用した方式も今後拡大すると思われます。
・ 電話関連では、ひかり電話やモバイルの活用などIP電話化が益々拡大すると思われます。
最後に世界で日本が、生き残るために我々は、安く大量に早くできる量産物は、それが可能な国に任せ、日本人にしか出来ないもの造りや基礎研究に力を入れて行きたいものです。

千代田便り

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